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レーザーコンポーネントにおけるレーザー誘起損傷閾値 (LIDT) の理解と規定

レーザーコンポーネントにおけるレーザー誘起損傷閾値 (LIDT) の理解と規定

本ページはレーザーオプティクスリソースガイドセクション14.1です

レーザー損傷閾値 (LDT)、またはレーザー誘起損傷閾値 (LIDT) は、ISO 21254の中で 「光学部品にレーザー照射した際に損傷確率がゼロであるレーザー放射の最大値」であると定義されています1。LDTの目的は、レーザーオプティクスが損傷に耐えることのできる最大のレーザーフルエンス (パルスレーザーの場合は通常 J/cm2)、もしくはレーザー強度 (CWレーザーの場合は通常 W/cm2) を規定することにあります。レーザー損傷試験の統計学的性質から、LDTを損傷が起きることのない最大フルエンスとしてではなく、損傷確率が深刻なリスクレベル以下であると見なせる最大フルエンスとして見なされるべきです。リスクレベルは、ビーム径や照射箇所当たりのショット数、また仕様を決める際に試験の行われたサンプル数など、いくつかのファクターに依存します。

光学部品のレーザー誘起損傷は、壊滅的な故障になり得るほどのシステム性能劣化を引き起こします。LDTの誤った理解は、大幅なコストアップや部品故障につながるかもしれません。特にハイパワーレーザーを扱う際、LDTは、反射型、透過型、吸収型を問わず、全ての種類のレーザーオプティクスにとって重要なスペックになります。LDTをどのように試験するのか、損傷をどのように検出するか、試験データをどのように解釈するのかに関する業界内コンセンサスの欠如は、LDTをより複雑にしています。LDTの値自体は、試験に用いられたビーム径や、照射箇所当たりのショット数、また試験データの分析方法を伝えてはくれません。

LDT入門

レーザーのフルエンスがオプティクスに損傷を与えるかどうかを判断するには、まずパワー、ビーム径、ビーム強度分布、レーザーの種類がCWかパルスか、といった レーザーのスペックが理解されていなければなりません。パルスレーザーの場合は、パルスの持続時間も考慮されるべきです。

レーザー強度: 見かけほど簡単ではありません

レーザービームの強度は、単位面積当たりの光学的パワーで、一般的にW/cm2で測定されます。ビーム断面内のレーザーの強度分布が強度プロファイルと呼ばれます。最も一般的な強度プロファイルに、フラットトップビームやガウシアンビームがあります。フラットトップビーム、もしくはトップハットビームは、ビーム断面内での強度分布が一定の強度プロファイルです。ガウシアンビームは、ガウス関数にしたがい、ビームの中心から離れるほど強度が次第に減少していきます。ガウシアンビームのフルエンスのピークは、光学的パワーが同じである場合、フラットトップビームのそれの2倍大きくなります (Figure 1)。


Figure 1: 同一の光学的パワーもつガウシアンビームとフラットトップビームのプロファイル比較2

ガウシアンビームの有効ビーム直径も、フルエンスに伴い変わります。フルエンスが増加する時、ビーム幅のより大きなエリアがレーザー誘起損傷を誘発するのに十分なフルエンスとなります (Figure 2)。これは、ガウシアンビームの代わりにフラットトップビームを用いることで回避することができます (更なる情報はガウシアンビームの伝播Why Use a Flat Top Laser Beam?を参照)。

Figure 2: The effective diameter of a Gaussian beam increases as fluence increases, leading to a higher probability of laser induced damage as indicated by more damage sites falling under the width of the curves with the highest fluence
Figure 2: ガウシアンビームの有効径は、フルエンスの増加につれ大きくなり、より多くの損傷箇所が最大フルエンスをもつ曲線の幅の中に入ってくることから、 レーザー誘起損傷の発生確率をより高くさせる

レーザーの強度は、それと一緒に使用するオプティクスに求められるLDTの決定に重要な役割を果たします。レーザーの中には、ホットスポットと呼ばれるより高い強度を持つ意図しないエリアをもつものがあり、それがレーザー誘起損傷に影響を及ぼすことがあります。

連続波 (CW) レーザー:

連続波 (CW) レーザーによる損傷は、光学部品の薄膜基板内の吸収による熱的効果の結果から通常起こります3。アクロマートレンズなどの接着加工した光学部品は、接着部での吸収や散乱から、より低いCW損傷閾値になる傾向があります。

CWのLDTスペックを理解するためには、レーザーの波長やビーム径、パワー密度、および強度プロファイル (例えばガウシアンやフラットトップ) を知っておく必要があります。CWレーザーのLDTは、単位面積当たりのパワー、一般的にはW/cm2の単位を用いて規定されます。例えば、フラットトップビームを持つ5mW、532nmのNd:YAGレーザーを1mmのビーム直径で用いると、そのパワー密度は次式で与えられます:

(1)$$ \text{Power Density} = \frac{\text{Power}}{\text{Area}} = \frac{5 \text{mW}}{\pi \left( \frac{\text{Beam Diameter}}{2} \right)^2} = \frac{5 \text{mW}}{\pi \left( \frac{1 \text{mm}}{2} \right)^2} = 0.6366 \tfrac{\text{W}}{\text{cm}^2} $$

したがって、あるオプティクスに対して規定されたLDTが0.64W/cm2より低い場合は、532nmでは光学的損傷のリスクがあります。ガウシアンビームが使われるのなら、更に2の安全係数を加えておく必要があるでしょう。

パルスレーザー:

パルスレーザーは、所定の繰り返しレート、即ち周波数でレーザーエネルギーの離散的波動を出射します (Figure 3)。1パルス当たりのエネルギーは、平均パワーに正比例し、レーザーの繰り返しレートに反比例します (Figure 4)。

(2)$$ \text{Pulse Energy} = \frac{\text{Average Power}}{\text{Repetition Rate}} $$

ナノ秒の短いレーザーパルスによる損傷は、材料がレーザービームの高電場に晒された結果として生じる絶縁破壊が代表的です3。絶縁破壊は、印加電圧が材料の破壊電圧を超え、電流が絶縁材の中を流れる時に生じます。パルス幅が広い、または繰り返しレートが高いレーザーシステムでは、レーザー誘起損傷が熱誘起損傷と絶縁破壊の組み合わせの結果起こる場合があります。これは、パルス持続時間が熱誘起損傷に影響を与える電子-格子力学の持続時間レベルにまだあるためです。こうした熱的損傷プロセスは、約10ps以下の超短パルスでは無視できます4。超短パルスの場合、多光子吸収や多光子イオン化、トンネルイオン化、雪崩イオン化のようなメカニズムを介して、価電子帯から伝導帯への電子の非線形励起により損傷を引き起こします5

Figure 3: The pulses of a pulsed laser are temporally separated by the inverse of the repetition rate
Figure 3: パルスレーザーの各パルスは、繰り返しレートの逆数の間隔で時間的に離れる
Figure 4: Depiction of the pulse energy as a function of repetition rate for a given average power of a pulsed laser
Figure 4: パルスエネルギーと繰り返しレートの組み合わせでレーザーのトータルパワーが決まる

パルスレーザーのLDTは、パワー密度ではなく、J/cm2の単位を用いたフルエンスで規定されます。J/cm2の単位には時間の関数が含まれていませんが、損傷閾値はパルス持続時間に依存していることを認識しておくことが重要です。LDTのフルエンス値は、殆どの場合パルス持続時間の増加に伴い増加します。パルスレーザーのLDTスペックを理解するには、レーザーの波長やビーム径、パルスエネルギー、パルス持続時間、繰り返しレート、および強度プロファイル (例えば、ガウシアンやフラットトップ) を知っておく必要があります。パルスレーザーのフルエンス、パルスエネルギー、及びビーム径の関係は、次式のように定義されます:

(3)$$ \text{Fluence} = \frac{\text{Pulse Energy}}{\text{Area}} = \frac{\text{Pulse Energy}}{\pi \left( \frac{\text{Beam Diameter}}{2} \right)^2} $$

例えば、10mJのパルスエネルギー、10nsのパルス持続時間、10µmのビーム径を有するフラットトップなQスイッチ (パルス) レーザーは、以下のフルエンスを持ちます:

(4)$$ \text{Fluence} = \frac{10 \text{mJ}}{\pi \left( \frac{10  \large{\unicode[arial]{x03BC}}  \text{m}}{2} \right)^2 } = 12.7 \tfrac{\text{kJ}}{\text{cm}^2} $$

キロジュールレベルのフルエンス値は非常に大きく、ほぼ確実にオプティクスに損傷を与えます。よって、計算内にレーザーエネルギーだけでなく、ビーム径の要素を入れておくことは極めて重要になります。

損傷メカニズム:

熱の蓄積や絶縁破壊に加え、レーザー誘起損傷は、レーザーとある種の欠陥の相互作用によって引き起こされることもあります。この種の欠陥には、切削・研磨工程後に残された表面下損傷、光学面上に残された研磨剤微粒子、そして蒸着後に残った金属要素のクラスターが含まれます。こうした欠陥の原因は異なる吸収特性を示し、欠陥の性質やサイズがオプティクスが損傷せずに耐えられるレーザーフルエンスの大きさを決定付けます。

前述したように、パルス持続時間はレーザー誘起損傷に至るメカニズムに大きな影響を与えます (Figure 5)。フェムト秒からピコ秒オーダーのパルス持続時間の場合、材料の価電子帯にある電荷キャリアが伝導帯に励起し、多光子吸収や多光子イオン化、トンネルイオン化、雪崩イオン化などの非線形効果を生じさせることがあります (Table 1)。ピコ秒からナノ秒オーダーのパルス持続時間の場合、伝導帯にある電荷キャリアがキャリア散乱やキャリア‐フォノン散乱を通じて緩和することで価電子帯に戻り、それによって損傷を引き起こす場合があります。

Figure 5: Temporal dependence of various laser induced damage mechanisms6
Figure 5: 様々なレーザー誘起損傷メカニズムの時間的依存性6
損傷メカニズム 概要

多光子吸収

材料のバンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーを持つ2つ以上の光子が同時に吸収され、吸収が強度に比例しなくなる吸収プロセス。

多光子イオン化 2つ以上の光子吸収の結果、その結合エネルギーが材料中の原子の光イオン化をもたらす現象。
トンネルイオン化 超短レーザーパルスによって生成された強電場が、電子が原子に束縛されたままポテンシャル障壁を「通り抜ける」ことを可能にし、電子が逃げることを可能にする現象。
雪崩イオン化 超短レーザーパルスによって生成された強電場が、電子を加速させて他の原子との衝突を引き起こす。これにより原子がイオン化され、更なる電子を放つことで他の原子のイオン化を続ける現象。
キャリア散乱 電場で加速された電子が他の電子と衝突して散乱し、より多くの電子との衝突を引き起こす現象。
キャリア‐フォノン散乱 電場で加速された電子がフォノンあるいは材料の格子内の振動を励起する現象。
絶縁破壊 材料の破壊電圧を超える電圧を印加することで、電気絶縁体に電流が流れる現象。
サーマルエフェクト レーザーパルスのエネルギーによって引き起こされる材料内の変形および振動から生じる熱的拡散。
Table 1: 様々な損傷メカニズムの概要

損傷に至る根本原因次第で、レーザー誘起損傷の形態は異なるものになります (Figure 6)。こうした形態への理解は、蒸着やプロセス開発に重要ですが、レーザーオプティクスアプリケーションの場合、それは損傷がレーザーシステムの性能を大きく低下させるかどうかの判断のみに重要となります。システムが対応できる性能低下の量は、そのアプリケーションに依存します。例えば、あるアプリケーションでは10%の透過率低下は許容できるかもしれませんが、別のものでは入射光の1%以上が散乱でも許容不可かもしれません。ISO 21254:2011によれば、レーザー暴露後のオプティクス内に見られる変化はいずれも損傷と見なされます。

Figure 6: Various morphologies of laser induced damage resulting from different root causes
Figure 6: 異なる根本原因から生じたレーザー誘起損傷の様々な形態

LDTのスケーリング:

損傷閾値は、波長とパルス持続時間に依存することに留意しておくことが重要です。あるオプティクスに規定されたLDTの波長やパルス持続時間とは異なる条件がアプリケーション上必要になる場合、LDTの大きさはそのアプリケーション条件で評価されなければなりません。LDTのスケーリングは、可能であるなら避けるべきです。なぜなら、全ての状況に適用可能なスケーリングルールの提供が難しいからです。なお初期条件の波長 (λ1) とパルス持続時間 (τ1) から新たな波長 (λ2) やパルス持続時間 (τ2) へLDT値をスケーリングする一般則は以下の通り存在します7

(5)$$ \text{LIDT} \! \left( \lambda_2, \tau_2, ∅_2  \right) \approx \text{LIDT} \! \left( \lambda_1, \tau_1, ∅_1 \right) \times \left( \frac{\lambda_2}{\lambda_1} \right) \times \sqrt{\frac{\tau_2}{\tau_1}} \times \left( \frac{∅_1}{∅_2} \right)^2 $$

このスケーリング法は、波長かパルス持続時間の条件が大きく異なる場合には適用すべきではありません。例えば、式5は、1064nmから1030nmへの波長シフトには問題ありませんが、1064nmで規定されたLDT値から355nmのように大幅に異なる波長へのスケーリングは適用すべきではありません。 Our Laser Induced Damage Threshold Scaling Calculator provides approximations for scaling an LIDT value for small shifts in application conditions.

参考文献

  1. International Organization for Standardization. (2011). Lasers and laser-related equipment -- Test methods for laser-induced damage threshold -- Part 1: Definitions and general principles (ISO 21254-1:2011).
  2. R. M. Wood, Optics and Laser Tech. 29, 517, 1998.
  3. Paschotta, Rüdiger. Encyclopedia of Laser Physics and Technology, RP Photonics, October 2017, www.rp-photonics.com/encyclopedia.html.
  4. R. M. Wood, Optics and Laser Tech. 29, 517, 1998.
  5. Jing, X. et al., “Calculation of Femtosecond Pulse Laser-Induced Damage Threshold for Broadband Antireflective Microstructure Arrays.” Opt. Exp. 2009, 17, 24137.
  6. Mao, S. S. et al., “Dynamics of Femtosecond Laser Interactions with Dielectrics.” Appl. Phys. A 2004, 79, 1695.
  7. Mazur, Eric, and Rafael R Gattass. “Femtosecond Laser Micromachining in Transparent Materials.” Nature Photonics, vol. 2, 2008, pp. 219–225.
  8. Carr, C. W., et al. “Wavelength Dependence of Laser-Induced Damage: Determining the Damage Initiation Mechanisms.” Physical Review Letters, 91, 12, 2003.

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