非球面レンズに関する全て
はじめに: 非球面レンズのメリット
球面収差の補正
最も注目に値する非球面レンズのメリットは、球面収差を補正する能力です。球面収差は、光の一点集光やコリメートする際に、球面形状の光学素子を使う時に生じます。言いかえると、全ての球面形状は、製造誤差やアライメント誤差に関係なく、球面収差に影響を与えます。そのため、球面ではない形状、即ち非球面形状が収差に対する補正に必要となります。円錐定数と非球面係数を調節することで、同収差を最大限に補正するよう最適化した非球面レンズができます。例えば、Figure 1は、球面レンズと非球面レンズによる球面収差の発生の違いを表します。球面収差が相当量発生している球面レンズに対し、非球面レンズの方は同収差が全く発生していません。球面レンズでは、入射光線が各々異なるポイントで焦点を結び、像ボケの要因となる球面収差を引き起こします。これに対し、非球面レンズでは、一点にきちんと集光するため、像ボケがなく、画質を改善します。
非球面レンズと球面レンズの集光性能の違いをよりわかるために、両方のレンズを定量的に比較してみましょう。下記の表は、同一の焦点距離 (25mm)と直径 (25mm)を持つ、F1の明るさを持つ両レンズ (形状はどちらも平凸)によって得られる集光スポットサイズの比較です。レンズに対して光軸と平行に入射する場合 (物体側入射角度が0°)と、斜めから非軸に入射する場合 (物体側入射角度が0.5°と1.0°)で、587.6nmの単色光の平行光を入射させた時の比較です。非球面レンズで得られるスポットサイズは、球面レンズに比べて数桁小さいことがわかります。
Figure 1: 球面収差が生じる球面レンズと、同収差が生じない非球面レンズ
物体側入射角 (°) | 0.0 | 0.5 | 1.0 |
球面レンズのスポットサイズ (μm) | 710.01 | 710.96 | 713.84 |
非球面レンズのスポットサイズ (μm) | 1.43 | 3.91 | 8.11 |
別の性能メリット
球面を用いることで引き起こされる光学諸収差を補正するためのテクニックは数多く存在しますが、非球面レンズを使用した時のイメージング性能や柔軟性には及びません。球面レンズ使用時に諸収差を減らすテクニックの一つにレンズのFナンバーを上げる方法がありますが、像面に達する光量を減らしてしまうために、明るさと画質の間にトレードオフの関係があります。
一方、非球面レンズを使用する場合、高スループット (低Fナンバー)ながら、良好な画質を維持する光学系を設計することができます。高スループットデザインによる画質低下は、殆ど気にしないで済みます。下記表は、球面レンズ3枚で構成されたf=81.5mmのF2トリプレットレンズ (Figure 2)と、同トリプレットレンズのレンズ第一面 (物体側に位置する最初の面)のみを非球面形状に置き替えたもののイメージング性能を比較したものです。どちらのトリプレットレンズも、全く同じ硝材を使用し、同一の焦点距離、実視野、Fナンバー、物像間距離を有します。表に記載の値は、MTFテストで、20%のコントラストが得られた時の多色光線 (486.1nm, 587.6nm, 656.3nm)の比較です。非球面形状を持ったトリプレットレンズの方が、どの画角においても、他方のレンズよりイメージング性能が改善されていることがわかります。タンジェンシャル方向とサジタル方向の解像力性能は、最大4倍高くなっています。
Figure 2: トリプレットレンズによる多色光の結像
物体側入射角 (°) | 球面のみで構成 | 第一面のみ、非球面に置き替え | ||
---|---|---|---|---|
タンジェンシャル方向 (lp/mm) | サジタル方向 (lp/mm) | タンジェンシャル方向 (lp/mm) | サジタル方向 (lp/mm) | |
0.0 | 13.3 | 13.3 | 61.9 | 61.9 |
7.0 | 14.9 | 13.1 | 31.1 | 40.9 |
10.0 | 17.3 | 14.8 | 36.3 | 41.5 |
システムのメリット
従来の球面光学素子を用いた場合と比べて、非球面レンズは、光学設計者がより少ない素子枚数で光学諸収差を補正することを可能にします。なぜなら、非球面は、球面複数面分よりもより多くの収差補正が可能なためです。例えばズームレンズの場合、10枚以上のレンズが通常必要になります。このうち、一枚、或いは二枚の非球面レンズを使用しただけで、何枚もの球面レンズを置き換えることができ、更に同等、或いはより良好な光学性能を得ることができます。光学系全体の製造コストを最小化し、系全体のサイズも小さくすることができます。
より沢山のレンズ素子で構成された光学系は、光学的と機械的な面の両方のパラメータに影響を及ぼします。機械的公差がより厳しくなり、追加のアライメント工程も必要になります。また、反射防止膜の要求が増えるため、価格がより高くなります。サポート部品の点数も増えることから、最終的にシステム全体の実用性を減らすこともあります。結果として、非球面レンズを用いることは、同じFナンバーを有するシングレットやダブレットレンズよりレンズ自体は高価になりますが、システムデザイン全体のコストで捉えると、実際には価格を低減することができます。
非球面レンズの考察
非球面という言葉には、一部が球面ではないという意味合いを含んでいますが、ここでその言葉を使用する場合は、レンズの曲率半径が光軸からの距離 (ラジアル方向)によって変わる、回転対称形の光学素子である非球面レンズを前提とします。非球面レンズは画質を改善し、必要とする光学素子の枚数を減らし、光学デザイン上の費用を削減します。デジタルカメラやCDプレーヤーから、ハイエンドの顕微鏡用対物レンズや蛍光顕微鏡に至るまで、非球面レンズは、従来の球面レンズでは得られない明白な利点から、オプティクス、イメージング、フォトニクス業界のあらゆる場面に用いられるようになっています。
非球面形状のプロファイル (サグ量)は、以下の式(1)で与えられます。
ここで、
Z = サグ量 ( レンズの光軸に平行な方向に対する)
s = 光軸からの距離 ( ラジアル方向)
C = 曲率 (= 曲率半径の逆数)
k = 円錐定数
非球面係数が全てゼロの時、その面形状は円錐状になると考えられます。この時の実際の円錐形状は、上述の式中の円錐定数 (k)の大きさや符号に依存します。以下の表は、円錐定数 (k)の大きさや符号によってできる実際の円錐面形状を表します。
円錐定数 | 面形状 | |
---|---|---|
k = 0 | 球面 | |
k > -1 | 楕円面 | |
k= -1 | 放物面 | |
k < -1 | 双曲面 |
最も独特な幾何学的形状を持つ非球面レンズは、光軸からはなれると曲率半径が変化するものです。球面レンズのような、一定の曲率を持つ形状とは異なります (Figure 3)。その特徴ある形状は、標準的な球面形状と比較した場合に、光学性能の改善を可能にします。
Figure 3: 球面と非球面プロファイルの比較
過去数年にわたって、Qタイプ非球面と呼ばれる面タイプの定義が一般化されるようになりました。Qタイプ非球面には定義の異なるQconとQbfsという2タイプがあり、光学設計者はそれらを用いることで非球面の最適化がより容易に制御できるようになり、非球面製造に要する時間を大筋で削減できるようになります。
どのように作られる? 非球面タイプ別
精密ガラスモールディング
精密ガラスモールディングは、光学ガラスのコアを高温で熱し、非球面の型でプレスして成型する製造テクニックの一つです (Figure 4)。コアは室温に下がるまで冷やした後、型の形状が維持されます。型の製作は、必要とする非球面形状の面の滑らかさを維持し、ガラスコアの収縮を考慮するため、耐久性の高い材料を用いて精密に作る必要があります。そのため、初期投資費用がとても高くなります。しかしながら、一旦型を作ってしまえば、それ以降の製造コストは標準的な製造技術のそれよりも安くなります。そのため大量生産の際は、とても有効な選択肢となります。
Figure 4: 精密ガラスモールディングのプラットホーム
精密光学研磨
機械加工の非球面レンズは、長い間一時に一枚だけを研削研磨加工してきました。機械加工の非球面の個別製造工程に劇的な変化があったわけではありませんが、製造技術の著しい発展によって近年はかなり高い加工精度にまで到達しています。最も顕著なのは、コンピュータ制御の精密研磨加工機 (Figure 5)が、より多くの研磨が必要な領域に的を絞って除去するツールのドウェルパラメータを自動的に調整してくれることです。またより高品質の研磨が要求される場合は、粘弾性磁性流体研磨による仕上げ加工法 (MRF)を用いて研磨面を仕上げます (Figure 6)。MRF技術は、除去エリアの精密な制御と除去レートの高さにより、標準的な光学研磨技術よりも少ない時間で高性能な仕上げを行います。一般的に他の非球面製造技術がレンズ毎に専用の型を必要とするのに対し、機械研磨加工は標準ツールを使用するため、試作や少量生産の際には第一の選択肢となります。
Figure 5: コンピュータ制御による研磨加工
Figure 6: 粘弾性磁性流体研磨 (MRF)
ハイブリッドモールディング
ハイブリッドモールディングは、アクロマティックレンズなどの標準的な球面形状を持つレンズを用いた加工です。レンズ表面にフォトポリマーの薄い層を非球面用の型の中で付着させて、最終的に非球面形状を持つレンズにします。この技術は、ダイヤモンド切削して作る非球面用の型と、ガラス製アクロマティックレンズを用います (他のシングレットレンズやダブレットレンズも使用できます)。非球面用の型の中で行うフォトポリマーのインジェクション成型は、アクロマティックレンズが出来上がった後に行われます。レンズとポリマーを型の中で圧縮し、紫外線硬化で室温下で硬化し、非球面アクロマティックレンズが作られます。このレンズが持つ光学特性は、アクロマティックレンズ自身が持つ色収差補正の特長と、非球面レンズが持つ球面収差補正の特長が組み合わさっています。Figure 7は、ハイブリッドレンズを作るための全工程です。ハイブリッドモールディングは、追加の性能が要求され、かつ製作数量的に初期の金型費用を吸収できる大量の精密アプリケーションに効果的です。
Figure 7: ハイブリッドモールディング技術
プラスティックモールディング
ガラスに対する前述の製造技法に加えて、プラスティックに対する独特な技法を一つ紹介します。プラスティックモールディングには、溶融した樹脂を非球面用の型に注入するインジェクション製法が含まれます。しかしながら、樹脂は熱的に安定せず、ガラスに比べて圧力に対する耐性が弱いことから、比較可能な非球面レンズを作り出すためには、特に注意を要します。しかしながら、軽量で、モールドが容易で、枠と一体化した一枚ものに仕上げられる点は、樹脂にとって都合の良い点です。光学的品質を満足する樹脂というのは、品揃え的に決して豊富ではありませんが、コストと重量のメリットにより、ガラス製ではなく、樹脂製非球面レンズを採用する決断を行うケースもあります。
非球面のタイプ別メリット
全てのアプリケーションが同一のレンズ性能を求めているわけではないため、適切な非球面レンズの選定は重要な決定事項となります。鍵となる考慮すべき要素に、プロジェクトのスケジュール、全般的な要求性能、予算上の制約、見込まれる生産数量があります。
簡単な注文手続きですぐに入手可能な在庫品非球面レンズは、多くのアプリケーションにおいて十分に満足のいく選択肢となります。この標準非球面レンズは、反射防止コーティングの追加や径の縮小にも素早く容易に対応することができ、標準品の注文方法に比較的近い形で対応することができます。試作や先行量産、大量生産用途に対して在庫販売製品の適用が合わない場合は、非球面レンズの特注製造をご検討ください。
タイプ | メリット |
---|---|
精密ガラスモールド | 多数のレンズの迅速な生産と低い金型維持費用から、大量生産の要求に理想的 |
精密研磨 | 短納期と特殊な金型やセットアップの最小化から、試作や少量生産の要求に理想的 |
ハイブリッドモールド | 球面収差と色収差の両方を補正することから、多波長アプリケーション用に最適 |
プラスティックモールド | ガラス製非球面レンズに代わる軽量化や低コスト手段として、大量生産用に最適 |
特注非球面レンズの製作
商用 | 精密 | 高精密 | |
直径 | 10 – 150mm | 10 – 150mm | 10 – 150mm |
直径公差 | +0/-0.100mm | +0/-0.025 | +0/-0.010 |
非球面形状誤差 (P - V) | 3μm | 1μm | <0.06μm* |
頂点曲率半径 (非球面) | ±0.5% | ±0.1% | ±0.05% |
サグ | 25mm max | 25mm max | 25mm max |
典型スロープ誤差 | 1μm (1mmサイズ当たり) | 0.35μm (1mmサイズ当たり) | 0.15μm (1mmサイズ当たり) |
偏芯 (ビーム偏角) | 3’ | 1’ | 0.5’ |
中心厚公差 | ±0.100mm | ±0.050mm | ±0.010mm |
表面品質 (キズ- ブツ) | 80–50 | 40–20 | 10–5 |
非球面形状測定 | 触針法 (2D) | 触針法 (2D & 3D) | 光学干渉法 |
* 1/10λ @ 632.8nm, デザインと測量上、またはそのどちらかにより制限
非球面レンズの選定ガイド | |
精密研磨加工の非球面レンズ | |
精密研磨加工の非球面レンズは、厳しい要求が求められる大抵のアプリケーションに理想的です。高NA 設計ながら、回折限界のスポットサイズを形成します。
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精密モールド成型の非球面レンズ | |
精密モールド成型の非球面レンズは、レーザーダイオードのコリメーションやバーコードスキャナー、光記録など、大量使用が見込まれるアプリケーションに理想的です。
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色補正した非球面レンズ | |
球面収差だけでなく、色収差も補正するようデザインされたユニークな非球面レンズです。この製品群は、広帯域光源の波長域全体にわたり回折限界に近い集光性能を要求するアプリケーションに理想的です。
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赤外用非球面レンズ | |
中赤外量子カスケードレーザーとの使用に便利なモールド成型の小径レンズから、ゲルマニウムやジンクセレン非球面レンズの製品群に至るまで、当社は赤外スペクトル全体に対するソリューションを提供いたします。
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